とある父母の方とお話をしました。
話に至る経緯や詳しい内容は長いので割愛します。
その中で出た話
「もっと、『ダメなものはダメ』というのをストレートに伝えた方がいいと思うのですが…」
もちろん、指導員、ストレートにダメなものはダメ、と伝えています。
でも、それだけでは上手くいかないのも事実。
キツく叱って効く子もいれば、その人の前では大人しくなるけど、他で陰湿な形で発散してしまうようになる子も居ます。
だから、手探りで、いろんなアプローチをしています。
ただ、指摘を受けて思ったことは
「そうやっていろいろなことを考えすぎるあまり、一番シンプルで大切なやり方を後手にまわしてしまってやしないか」ということです。
例えば野球。
覚えたてのころは、皆普通にストレートボールを投げます。
カーブボール、フォーク、チェンジアップ、投げ方を覚えると、選択肢が広がり、いろんな球種を投げ分けるようになります。
でも、ストレートで勝負することもやっぱり必要ですよね。
いろいろ学ぶと、それだけ知識も増える。
だからこそ、知識に踊らされず、まっすぐ子どもに向き合うことは忘れないでいたい、と思いました。
それに、自分はこうしてるつもりでも、他の人にはそう映らない。
じゃあ、何かが違うんです、きっと。
それを気付かせてくださった、親御さんがたに本当に感謝です。
- 2008/06/30(月) 23:49:43|
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子どもって、見よう見まねでなんでもやってみようとするので可愛いです。
動きだけじゃなくて、言葉もまた然り。
学童でよく使われる言葉もすぐ身につけて遣ってしまいます。
用語を自分なりに解読し遣うので、いい間違いも非常に多いです。
雰囲気は非常に似ていても、全然違うよ、みたいな。
例えば、「没収」という言葉。
うちの学童は、高学年の子たちの作ったルールで、「片付けられてないものは回収される」という事になっています。
その時高学年の子は「没収」というセリフを言います。
それを「ボシュウ」と勘違いしてる子が結構います。
「ボール落ちてたよ〜」
「ヤバイ!また
ボシュウされる!」
「あのゲーム、どこいったの?」
「昨日
ボシュウされてたよ」
極めつけは…
「お手伝い係さん
募集中で〜す」
「えっ、
お手伝いしたら捨てられちゃうの!?」
癒される…(笑)
- 2008/06/27(金) 23:14:46|
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学校で一部の学童の子が暴力を振るったり、言葉の暴力を遣ったりしているそうです。
午前中は、ずっとその対策会議をやっていました。
その中で出たセリフ…
「みんな…不健康だよねぇ」
本当にそのとおり。
話をすると、皆やっちゃいけないことは分かっているけど、どうしても我慢できないらしい。
根底になにか満たされないものがあるようです。
そんな時は体を動かせっ
くたくたになるまで遊びまわって、難しい事を考えすぎるなっ
そう思って、おやつ後、渦中のメンバーを誘い、ずっと鬼ごっこをしていました。
皆良い顔でしたよ。
勉強や子育てに起因する少年事件を見るたびに
やっぱり子どもは「遊び」の中で育っていくもの
という意識が自分の中に芽生えてゆきます。
…おかげで現時点で全身筋肉痛です(泣)
- 2008/06/12(木) 23:53:14|
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最近叱ることが増えた事例。
それは「約束を守らないこと」です。
例えば宿題。
「5時からやる」と約束し、遊んでいる子。
遊びが盛り上がり、時間を忘れることや、時間を知っていて遊ぶことがままあります。
ケンカもそう。
手を出さない、出したとしても物を使ったりわざと顔を狙ったりと危ないことはしない、と以前約束した子。
それでも、皆結構すぐ手を出します。
片付け、というパターンもありますね。
私物を貸す時「ちゃんと返してね」と約束してから貸しています。
でも、放置されてることがあります。
で、そんな時、雷を落とします。
まだまだ成長過程にある彼らだから、ちょっとくらいのミスはしょうがない。
何かに夢中になって、大切なことを忘れてしまう、というのは大人でもあるくらいですから。
それでも、約束を破っても何も感じない子に育つのは嫌です。
約束をしたからには守るために最大限の努力はしてほしいし、
どうしても守れなかったら誠心誠意謝るような子どもになってほしい。
「約束したら守る、守れない約束ならするな」
という感じですね。
…ちなみに、この話に「分かった!」と言った直後、約束を破ってこっぴどく叱られた子もいます(笑)
- 2008/05/30(金) 23:10:16|
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「やらない!」
言葉で書くとホント短く分かりやすい一言。
でも、この中にはいろんな思いが詰まっています。
昨日のおやつは缶詰のフルーツを使ったおやつでした。
だから、学童にはたくさんの空き缶が転がっています。
そこで今日は「かんぽっくりづくり」をすることにしました。
懐かしくて定番の遊びではあるものの、学童では何年も見てないモノだったので、我ながらワクワクします。
暇そうにしている子がいたので声をかけ一緒に作ります。
「よし、やるぞ!」
…というところで、一人の三年生の女の子が声をかけてきました。
「ねぇ、善三さんあそぼ」「ゴメン、今からかんぽっくりづくりするんだ」
「え〜、遊びたい!」「じゃあ一緒にかんぽっくりづくりしよっか?」
「やだ!絶対にやらない!」「かんぽっくりってどんなのか分かる?」
「分からない!知りたくも無い!!」「じゃ、やらなくてもいいから説明するね。聞いててね」
「聞かない!」「あのね、缶の横に穴をあけて、紐を通したヤツだよ。それを二つ、紐を持ちながら缶の上に乗って、竹馬みたいに進むヤツ」
「…」「…じゃあ、それを作って一緒に遊ぶんだからね!」その後、一緒に作り始めたわけですが、かんぽっくりって缶に穴をあけたり、小さい穴に紐を通したりと子どもがやるには難しい作業が多い。
全部大人がやる…ってのもつまらない。
ということで、ビニール紐を三つ編みにして持ちヒモにすることにしました。
「じゃあ、ビニール紐を三つ編みにしよっか。できる?」
「できない!善三さんやって」「簡単だよ?」
「絶対にやらないもん!」「あのね、三本の紐をこうして…右と真ん中の紐を入れ替える、左と真ん中の紐を入れ替える、右と真ん中の…」
「…それならできるかも」「あ、そう?じゃあしばらく一緒にやってみよっか」
結局結構なスピードで二本編み上げた彼女でした。
子どもって「できない」と簡単に言います。
それをそのまま受け取らず、「(○○だから)できない」というように補完すると、色んなものが見えてきます。
失敗するのが恥ずかしいから「できない」
やり方がわからないから「できない」
自信が持てなくて「できない」
めんどくさいから「できない」
みんなが楽しそうに遊んでいるから、今じゃないと一緒に遊べないかもしれないから今は「できない」
その場になるとどうしても忘れちゃうから「できない」
今は気持ちが切り替わらないから「できない」
自分の気持ちが表現できるよう促しながら、「できない」ことをどうやって「できる」ようにしていくか。
体験を充実したものにするために欠かせない要素です。
「できない」、「いや、やれ」じゃせっかくの成長の機会がもったいない。
そうして、子どもの「今」を大事にしたいと考えています。
- 2008/05/16(金) 23:41:07|
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